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Genitourinary Cancer Today 2022 No.2
第109回日本泌尿器科学会総会

会長講演 泌尿器科の世界観―比類なき専門性と多様性―

大家 基嗣氏(慶應義塾大学医学部 泌尿器科学教室)
更新日:2022年3月15日
■はじめに
109JUAのメインビジュアルでは、ヒニョウキの大木の左に太陽、右に月を配した昼夜が共存する二律背反を象徴した世界が表現されている。これは内科的診断・治療学と外科的治療学の両者が存在する世界観であり、これが泌尿器科の本質ではないだろうかと大家氏は述べた。また大木にある大きな亀裂は『不思議の国のアリス』が落ちた穴をイメージし、泌尿器に興味のある人、泌尿器を学問として研究している人だけが見える世界を表現しているとした。
これから泌尿器科の世界観を考えていくプロローグとして二人の偉人の言葉が紹介された。1つ目はゴーギャンの最も有名な絵画のタイトルでもあり、人類最大の謎である「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」。
もう1つはゲーテの代表作ファウストから「何も分かっていない。ちっとも利口になっていない。何ひとつ知ることはできない。それを思うといてもたってもいられない」。
2つの言葉は、大家氏が泌尿器科に取り組み出した時に感じたことでもあった。他の診療科と違う泌尿器科独特の世界観。そもそも泌尿器科って何だろうか。何ひとつ分かることはできないかもしれないが、この問いを新しい世界観を構築していくきっかけとしたいと述べた。

■泌尿器科とは?
「我々はどこから来たのか」という問いであるが、宇宙(Cosmos)はビッグバンによって生まれ、拡大を続けているといわれている。泌尿器科はいつの間にか生まれ、内科的診断学と外科的治療学、さらには内科的薬物治療をも包含しているミクロコスモスである、といえるだろう。
ミクロコスモスという言葉には、「Cosmosに比較される性質としての小宇宙」「微細な生物世界」「神が宿る精緻なフィールド」という意味が与えられている。泌尿器科は異なる専門領域が秩序立って収まっているProfound Diversity and Expertise、まさにこの「神が宿る精緻なフィールド」ではないだろうか。
泌尿器科学のみが満たす3つの条件がある。1)内科的診断・薬物治療と外科的治療学、2)五臓六腑を扱う、3)男女を問わず小児から老人までを診ているということである。
大家氏が大学で提唱する1+3構造という概念では、がんを1とし、良性疾患の領域は、1) 腎臓・透析医学、腎移植、2)内分泌代謝学、神経泌尿器科学、3) 生殖医学、アンドロロジー、性機能の3つにきっちり収まるミクロコスモスとなる。これは小児泌尿器科においても、3) 生殖医学の部分を先天異常に置き換えると同じく3つにきれいに収まるミクロコスモスとなる。

■泌尿器科学のミクロコスモス
大家氏が専門にしている腎細胞がんの世界が例として挙げられた。医局に入った当時、腎細胞がんは根治的腎摘除術が主流であり、腎部分切除は原則禁忌であった。腎細胞がんには多中心発生があると考えられていたためである。そこで大家氏は部分切除を行う患者さんを診る中で、小径腎細胞がんでは部分切除が可能かというテーマで研究を進め、1995年に腎細胞がんは多中心発生をしないというかつての常識を覆す結果を発表した1)。さらにその研究の中で2mmの淡明型腎細胞がんのミクロコスモスを発見した。たった2mmの中に出血と嚢胞形成があり、がんの微小環境は10cmの大きな腎細胞がんと変わらないのである。
現在は、がん微小環境の探索から1) がんのheterogeneityの探索、2)免疫細胞、血管、線維芽細胞などの探索、そしてシングルセルの解析が必要となってきている。
腎細胞がんにおいてCD8+T細胞があるにもかかわらず予後不良となる難題がある2)。これは腎細胞がんだけがもつ特徴であり、そこへシングルセル解析から迫っていく。CD8+T細胞をCD39に着目して見ていくと、腫瘍辺縁部ではCD8+CD39-T細胞(bystander CD8+T細胞)が多くがん細胞への攻撃性がない。腫瘍中心部ではCD39+では予後が悪く、そこへPD-1の高発現があるとさらに悪化する。CD8highCD39highPD-1highは再発の独立した予後因子であり、TKI治療の独立した予後因子でもあった3)。さらにTKI治療後にはFoxp3+PD-1+Tregの細胞数が増加するという免疫環境の変化があることがわかっている。
現在では、第一世代免疫チェックポイント阻害薬に続き、第二世代(LAG-3、TIM-3、TIGIT阻害薬)の開発が進んでいる。解析を進めると各症例はLAG-3、TIM-3、TIGITのいずれかが優位性を持って発現し、予後の層別化が可能であることがわかってきた4)。これらLAG-3、TIM-3、TIGITの免疫環境を探究することによって、次世代の免疫チェックポイント阻害薬を選択する時代がやってくることが予想される。

■泌尿器科内の異分野融合にフォーカス
腫瘍学を専門とする者が生命の神秘に迫る鍵のひとつに、腫瘍の進展と脱分化がある。2009年に慶應義塾大学は初めて小児泌尿器領域に参入し、腫瘍学(成人)と発生学(小児)という新たな出会いが化学反応を生んだ。難治性前立腺がん治療に発生学の手法を取り入れ、現在も研究を続けている。
悪性度の高いがんは多能性幹細胞と類似している5)ことから、山中4因子6)の発現に基づくヒト多能性幹細胞選択システムを調べると、OCT4だけが発現の上昇がみられることがわかった7)。そこで分化型細胞にOCT4を組み込むと造腫瘍性が著しく、ドセタキセル抵抗性が非常に高いがんを作り出すことができた。
そしてここから遺伝子プロファイルを調べ、逆相関パターンで遺伝子プロファイルの変化を元に戻す薬剤として探索されたのが抗ウイルス薬のリバビリンである。
ドセタキセルを47サイクル投与し、抵抗性を示していた患者に、このリバビリンを上乗せしたところPSAが下がり、骨転移巣が消滅した。東京都健康長寿医療センターの井上先生と高山先生の共同研究により、このリバビリンがOCT4-AR-FOXA1転写因子複合体LLPS(liquid-liquid phase separation)の抑制に働くことが解明された8)

■おわりに
泌尿器科学とは、二律背反する比類なき専門性と多様性が同時に存在し、ミクロコスモスとしてきっちり収まっている学問である。見える人にしか見えない、泌尿器科に興味のある、泌尿器科を学問として研究している者だけが辿り着ける世界があると大家氏はまとめた。


1) Oya M, et al. Urology. 1995; 46(2): 161-4.
2) Fridman WH, et al. Nat Rev Clin Oncol. 2017; 14(12): 717-34.
3) Murakami T, et al. Cancer Immunol Immunother. 2021; 70(10): 3001-13.
4) Takamatsu K, et al. Nat Commun. 2021; 12(1): 5547.
5) Ben-Porath I, et al. Nat Genet. 2008; 40(5): 499-507.
6) Takahashi K, et al. Cell. 2006; 126(4): 663-76.
7) Kosaka T, et al. Cancer Sci. 2013; 104(8): 1017-26.
8) Takayama K, et al. Nat Commun. 2021; 12(1): 3766.