top of page
GCtoday_web_back.jpg

Genitourinary Cancer Today 2025 No.2
第112回日本泌尿器科学会総会:会長講演

会長講演 
「泌尿器科医としての40年の歩み」

江藤 正俊 先生(九州大学大学院医学研究院 泌尿器科学分野)
更新日:2025年7月1日
第112回日本泌尿器科学会総会の会長講演に登壇した九州大学大学院医学研究院 泌尿器科学分野の江藤正俊教授は「泌尿器科医としての40年の歩み」と題し、大学卒業以降、基礎研究から臨床研究、さらには医工連携などの幅広い領域に携わってこられたこれまでの軌跡を振り返った。

江藤氏は1986年に九州大学を卒業後、九州大学 生体防御医学研究所 免疫学部門の野本亀久雄教授(当時)のもとで研究生活をスタートさせた。その後の米国ピッツバーグ大学で樹状細胞療法や免疫寛容の研究に携わり、臓器移植における免疫抑制回避の探究を行った。特に注力していたのがCyclophosphamide(Cy)を用いた免疫寛容誘導の研究である。これは、免疫抑制剤を使わずに拒絶反応を担うT細胞を選択的に除去し、ドナー細胞との骨髄キメラを形成することで、安定した免疫寛容を実現するものであった1)。この研究成果は、やがて米国の研究グループによって臨床応用され、ヒトでの有効性が認められた2)
この一連の免疫学的知見は、腎がんや膀胱がんの免疫療法にも応用された。ドナー由来リンパ球を用いたがん根絶モデルの確立3)や、分子標的治療薬ソラフェニブとインターフェロンα(IFN-α)の併用による相乗効果をマウスモデルで実証する4)など、移植研究からがん治療へのトランスレーショナル・リサーチを進めていった。

臨床試験では、免疫療法の効果を予測するバイオマーカー探索にも尽力した。当時、腎細胞がんに対する奏効率が15%程度であったIFN-αの最適化をはかるため、効果予測に有用なSTAT3遺伝子多型(SNP)を特定し5)、ソラフェニブとの併用療法で奏効率を高めることを実証した6)。また、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)のニボルマブについても、奏効に関連するSNPを特定し7)、HLA(ヒト白血球抗原)-B遺伝子の多様性との関連を明らかにする8)など、個別化医療のための新たな指標を提示した。ほかにも樹状細胞ワクチン療法では、腎細胞がん患者の免疫反応を高めることで無増悪生存期間が延長することを示した9)。現在は、ICIの奏効患者でICIが休止可能かを検証するJCOG 1905試験に取り組んでいる。

一方で、低侵襲手術(MIS)の普及にも尽力した。日本は海外に比べてロボット導入が遅れており、2009年に赴任した熊本大学でも前立腺がんの手術は開腹で年間10件程度しか実施していなかった。そこで腹腔鏡手術(腹腔鏡下前立腺全摘、腹腔鏡下腎部分切除術)の普及を推進し、全国トップクラスの手術実績を築き上げた。なかでも腹腔鏡下前立腺全摘術では、術後の尿禁制や男性機能といった男性の尊厳に関わる課題に対し260例を超える症例を基に良好な長期成績を報告した。

九州大学泌尿器科の新たな挑戦である医工連携の分野では、3D画像と赤外線センサーを同期させた自動追尾型手術ナビゲーションシステムを開発し、腎腫瘍の位置情報を直感的に把握できるようにした。視認困難な埋没型の腫瘍でも正確に切除できることから、術後正常腎実質温存率の向上に貢献した。この画期的な技術は、2020年に日本泌尿器内視鏡学会(現:日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会)の第11回学会賞を受賞するとともに、同年の「The Journal of Urology」の表紙を飾るなど、国際的にも高く評価された10)。現在は、鉗子や内視鏡の動きをリアルタイムで追跡し、VR(仮想現実)上で鉗子の位置情報を3D画像中に追加するデュアルナビゲーションシステムを開発中である。さらに、国産手術支援ロボット「hinotoriTM」との共同プロジェクトや、da Vinciでは困難とされている直径1mmの血管吻合を可能にしたマイクロサージャリーロボットの開発にも注力している。この開発はAMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の支援を受けており、工学系エンジニアと協働で、臨床応用に向けた最終モデルが完成する段階まできている。

このような研究成果を産業へ橋渡しするため、2021年には九州大学発のベンチャー「F. MED」を立ち上げた。NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)などからの支援を受け、すでに国内外で数々の賞を受賞し、日本発の医療機器技術はいまやグローバル市場からも大きな期待が寄せられている。ほかにも近年では、AI(人工知能)を活用した膀胱鏡画像の解析による診断支援など、次世代の診断技術開発にも精力的に取り組んでいる。

講演の締めくくりで江藤氏は、これまで協力してくれた多くの仲間たちに感謝を示し、教室の発展には「個を磨き、チームで高める」ことが大切であると述べた。


1)  Eto M, et al. J Immunol. 2002; 169: 2390-6.
2)  Leventhal JR, et al. Transplantation. 2015; 99: 288-98.
3)  Harano M, et al. Cancer Res. 2005; 65: 10032-40.
4)  Takeuchi A, et al. J Urol. 2010; 184: 2549-56.
5)  Ito N, et al. J Clin Oncol. 2007; 25: 2785-91.
6)  Eto M, et al. BMC Cancer. 2015; 15: 667-73.
7)  Shiota M, et al. Cancer Immunol Immunother. 2023; 72: 1903-15.
8)  Tanegashima T, et al. J Immunol. 2024; 213: 23-8.
9)  Tatsugami K, et al. Int J Urol. 2008; 15: 694-8.
10)  Kobayashi S, et al. J Urol. 2020; 204: 149-56.

 
アンカー 1
bottom of page