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Genitourinary Cancer Today 2025 No.2
第112回日本泌尿器科学会総会:膀胱がん
SY4-1 転移性尿路上皮癌治療におけるバイオマーカーの理想と現実
加藤 実 先生(大阪公立大学大学院医学研究科 泌尿器病態学)
更新日:2025年7月1日
近年、転移性尿路上皮がん(mUC)に対する治療選択肢は広がってきており、バイオマーカーを用いた個別化治療の重要性が増している。本講演では、分子サブタイプ分類や分子イメージング、リキッドバイオプシーなど、現在注目されているバイオマーカーの可能性と課題が議論された。
従来、mUCの治療は一択しかなかったが、現在は選択肢が広がってきている。ESMOガイドライン20241)では、未治療のmUCに対してエンホルツマブ ベドチンとペムブロリズマブの併用が推奨されるなど、新たなレジメンが登場している。一方で、mUCは予後が悪いがんとして長らく認識されてきたが、古典的なBajorinリスク分類では、プラチナを含む化学療法しかなかった時代において、リスク因子数0の患者の全生存期間(OS)中央値は33カ月と長期生存が期待でき2)、また近年の二次治療の免疫療法においても、Bellmuntリスクスコアが0の患者では良好なOSが報告されている3)。mUCにおいても、バイオマーカーを用いた治療選択の段階に来ていると言える。
バイオマーカーには、患者背景や腫瘍因子などの臨床的因子に加え、RNAサブタイプや組織学的サブタイプなどの分子生物学的因子が含まれる。UCにおける遺伝子変異は、発生部位の違いにより異なることが報告されている。近年、UC領域で注目されるFGFR3遺伝子変異については、ターゲットとする新薬の開発が進んでおり、エルダフィチニブがその一つである。免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の前治療を受けたmUC患者において、化学療法と比べてエルダフィチニブはOSを有意に延長し、奏効率においても30%以上の上乗せ効果を示した4)。ただし、FGFR3遺伝子変異の頻度は筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)患者では52.5%とやや高いものの、mUC患者では18.5%5)、さらに日本人症例ではわずか11~16%と言われており、汎用性には限界がある。
より精微な分類方法として、RNA発現に基づいた分子サブタイプ分類があり、2020年に筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)を 6つのタイプに分類するコンセンサスが得られた6)。タイプごとに予後や治療感受性に違いがあるとされるが、サブタイプが術前化学療法(NAC)前後で変化し得る可能性や、腫瘍内不均一性などの問題があり、現状では実臨床への応用に課題が残る。
一方、ICIの効果と分子サブタイプとの関連性を検討した研究が報告されている。アテゾリズマブの効果を検討した臨床試験におけるUC患者約2,800例を、RNA-seqによるトランスクリプトーム解析などを用いて4つに分類し、アテゾリズマブに対する効果を評価した研究では、強い免疫浸潤のあるImmuneタイプとBasalタイプにおいて有効な傾向がある一方、免疫浸潤が乏しいLuminalタイプと間質に富むStromalタイプでは効果が低いことが示された7)。これは、プレシジョンメディシンの可能性を示した研究の一つと言える。
また、日常診療で用いられるCTやMRIといった画像診断には、依然として限界がある。画像診断でリンパ節転移陽性と判断されたMIBC患者に対しCTガイド下生検を行ったところ、実際に陽性であったのは半分以下であったとの報告もあり8)、感度だけでなく特異度の面でも十分とは言いがたい。こうした課題を克服するためFDG-PETのような新たなモダリティが開発されつつあるが、従来のCTよりわずかに感度が優れるものの、特異度は向上されていない9)。FDGは尿路に排泄されるため、原発巣の評価には不向きとの指摘もある。また、トレーサーを用いて画像化する分子イメージングにも期待が寄せられ、複数の臨床試験が進行中だが、トレーサーの生産や安定化、至適な半減期の設計、標的分子の正確な選定、尿路排泄の低減、さらにはコストの問題などを克服しない限り、CTやMRIを凌駕するようなモダリティにはならないと考えられる。
現在、もっとも有効と期待されるのがリキッドバイオプシーである。膀胱全摘術前後でctDNAを経時的に測定し、治療への反応と予後を評価した研究では、術前のctDNAにより周術期治療をある程度絞り込むことができる可能性や、術前後でのctDNAの変化により再発リスクを層別化し、治療の個別化も可能なことが指摘されている10)。
以上で紹介されたmUCのバイオマーカーは低侵襲であり、早期診断や治療効果の予測、個別化治療への橋渡しなどの利点が期待されるものの、現状の臨床因子でも簡便な予後予測は可能であると言える。しかし、これらの臨床因子を評価したデータは後ろ向きの報告がほとんどで信頼性が不十分であることや、新規バイオマーカーは実臨床への応用が難しいこと、費用対効果の課題など、解決すべき問題が山積している。
1) Powles T, et al. Ann Oncol. 2024; 35: 485-90.
2) Bajorin DF, et al. J Clin Oncol. 1999; 17: 3173-81.
3) Kobayashi T, et al. Cancer Sci. 2021; 112(Suppl-0004): 760-73.
4) Loriot Y, et al. N Engl J Med. 2023; 389: 1961-71.
5) Matsubara N. Japanese Society of Clinical Oncology; October 25, 2024: Fukuoka, Japan.
6) Kamoun A, et al. Eur Urol. 2020; 77: 420-33.
7) Hamidi H, et al. Cancer Cell. 2024; 42: 2098-112.
8) Meijer RP, et al. Urology. 2014; 83: 134-9.
9) Crozier J, et al. World J Urol. 2019; 37: 667-90.
10) Ben-David R, et al. Eur Urol Oncol. 2024; 7: 1105-12.
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監修 菊地 栄次 先生のコメント
バイオマーカーは転移性尿路上皮がんにおいて、予後予測、治療効果予測、モニタリングなど多方面での役割が期待されている。特に、治療効果を予測し得るバイオマーカーの開発には大きな関心が寄せられているが、現時点で確立されたものはない。今後は、より積極的なバイオマーカー探索研究を含む臨床試験の推進が急務であると考える。
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